三日目。
それほど飲んだわけでもないのだが、やはり、旅の疲れというのがあるのだろう。朝、起きると軽い頭痛がするので、日本から持ってきた薬を飲んでおく。
今日は世界遺産の 〔ハロン湾〕 見学ツアー。昨日までずっと付き添ってくれた友人は、平日で仕事のため来られないが、日本語のできるガイドが同行するので、問題はない。
〔ハロン湾〕 は、ハノイから東に170キロ。午前八時にバスでホテルを出発し、通勤ラッシュで渋滞するハノイ市内を抜けてからは、例のベトナム流の運転で飛ばしに飛ばし、休憩をはさみながら、約四時間。
揺れるバスの中では、足を踏ん張りながらベトナム人ガイドのティンさんが、ひとしきりベトナムの歴史や政治経済についての解説を終えたあと、ツアー客らに気さくに声をかけてくる。
「ニホン ノ ドコカラ キマシタカ?」
「横浜です」
「ヨコハマ ノ ドコ?」
言っても分からんだろうなあと思いつつ 「旭区」 と答えると、ティンさん、分かったような分からないような顔をして微笑んでいる。
「ワタシ コーホク ニ スンデマシタ」
「コーホク? 港北区?」
「ツナシマ、トーヨコセン」
「綱島! 東横線!」
「ガッコウ ハ ミナトミライ ネ」
「みなとみらい!!」
異国の地で、知った地名を耳にするのは、妙に嬉しい。これで一気にティンさんとの距離が縮まった感じがした。
〔ハロン湾〕 では観光船に乗って、美味しいシーフードを食べながら、クルージングをする。1994年に世界自然遺産に登録され、以来、観光客も多いが、天気に恵まれない日も少なからずあるという。
穏やかな海面から、にょきにょきと奇岩が生えている様子を夢中で写真に収めていたら、ティンさんが、
「キョウ ハ テンキ ガ イイネ。ヨカッタネ」
と声をかけてきた。
以前は観光客をさばくために、船会社が悪天候の中を無理やり運行して、死者を出すほどの事故を起こしたこともあるという。
「デモ イマハ ダイジョウブ」
政府の命令で、天気が悪いと船は出せないそうだ。
人びとの暮らしぶりや街の雰囲気はきわめて自由奔放な感じなので、これまであまり気にならなかったのだが、「政府の命令」 という言葉に、ああ、やはりここは共産主義の国なのだと、改めて思い至る。
水上生活者の村や、世界で二番目に大きいという鍾乳洞などを見学して、三時間ほどのクルージングを終えると、すぐにバスに乗り込み、帰路につく。
ホテルに着く頃には、とっぷりと日が暮れていた。部屋に戻り、一応、友人に 「いま戻った」 と報告のメールを入れると、すぐに返信が。
「いまから行く。一緒に晩飯を食べよう」 と、とことん付き合ってくれて、本当にありがたい。
以前、安倍首相も訪れたというレストランの前を通ったが、友人は 「おいしくないから」 とにべもない。「こっちの方がうまいよ」 と、〔CLBU DE L'ORIENTAL (クラブ・ドゥ・ロリエンタル)〕 という、いい店に連れて行ってもらい、街中で見かけるものとはまた違う、洗練されたベトナム料理をいただく。
今回の旅行はこの友人のおかげで、短い時間の中、わずかな無駄もなく観光してまわることが出来た。礼を言うと、彼はニヤリとして 「もう、ハノイで行くところはない。この三日で、全部見せきったよ」 と胸を張った。