所用があって、朝から出かけて、昼過ぎに帰宅。
その後で、ちょっと買い物に出たついでに小腹を満たそうと思い、駅前のラーメン屋に入る。
いつも利用している店だったので、なにも考えずにひょいと入ったのだが、今日は入った途端、妙な違和感を覚えた。
衛生面のこととか、接客だとか、そういう目に見える点ではない。しいて言えば、店内を占める “空気” のようなものが、何かおかしい。
どこの街にでもあるような、小さな、ごく普通のラーメン屋である。
先客で、おそらく高校生であろう若者が五人、カウンターを占めてラーメンを食べていた。
べつに変わったことは何もない。
違和感の正体が判らないまま、それでも食券を買い、席につく。
妙な静けさの中でしばらく待って、自分のラーメンが運ばれてきて、いざ、食べようと思ったそのとき、ハッと気づいた。静かすぎるのだ。
カウンターに並んだ五人の若者の、ラーメンの食べ方だ。
皆一様に 「すすらずに」 食べている。
ラーメン屋で、ラーメンを食べている客がいるのに、店内が 『無音』 なのだ。
近ごろ、麺をすすることが出来ない若者が増えているという噂を聞いたことはあったが、それが、これか。
食べ盛りの若者が五人並んで音をたてずにラーメンを食べている姿というのは、僕にとってはなかなかシュールな光景に思えたのだが、ちょっと待てよ、そういう僕の感覚の方が、もしかしてズレているのか。近ごろじゃ音をたてて蕎麦なんか食った日にゃあ 『ハラスメント』 扱いされるって話じゃないか。
そう考え始めたら、静かな店内でズルズルと音をたてて麺をすすっている自分がひどく粗野な人間に思えてきて、目の前のこのラーメンを、僕は音をたてずに食べるべきではないかと、一瞬、ちょっと本気で悩んでしまう。
あとから入ってきたオジサンが、何の躊躇もなくズルズルやり出したのを見て、僕も安心してズルズルを再開したのだが、なんだか食文化の変異を目の当たりにしたような衝撃を受け、ラーメンの味もよく解らないまま店を出てきてしまった。