早起きをして、先週借りてきたDVDを観る。
朝飯前にまず、「マルホランド・ドライブ」。
謎が謎を呼び、謎のまま終わるという、ある意味、デヴィット・リンチの真骨頂とも言える作品。この監督が描くのは常に “謎” そのものであって、“謎の解明” には全く興味を示さない。思わせぶりな人物や小道具が次々に登場し、観ているこちらは何とか必死にそれらの意味を読み取ろうとするが、中盤あたりから、そんな努力は何の意味もないことだと思い知らされる。
が、ではつまらないのかというと、そんなことは全くなく、謎で埋め尽くされた後半の怒涛の展開など、片時も目が離せない。
「わたしのあたまはどうかしている」
というキャッチコピーが、映画の内容をよく表していると思う。
要するに、原材料や製造工程などいちいち吟味せずに、餃子は餃子として食え、ということ。毒も含めて。
御飯と納豆と味噌汁だけの簡単な朝飯を済ませ、すぐに、「オール・アバウト・マイ・マザー」。
ずっと観たい観たいと思いつつ、観そびれていた作品だったのだが、これはやはり観て良かった。役者、映像、音楽、ともに良い。
そして、全ての人間は “母” から産まれる、というその視点が秀逸。
“女” ではなく “母” というところがミソ。
ひとりのシングルマザーが、最愛の息子を事故で失った悲しみを乗り越えるまでを描くのだが、臓器移植、ドラッグ、性転換、エイズといったタイムリーな要素をうまく織り込みながらも、それらのエピソードの核に “母” を据えたことで、より普遍的な物語になっている。
男とも、女とも、ニューハーフとも違う、“母” という生き物の切なさと、逞しさと、神々しさが、画面全体からしみじみと伝わってくるような気がしたのだが、このあたりは、女性が観ると、また違った印象を受けるのかもしれない。